1979/1/16 ブルックリン生まれ
ニューヨークを中心に9歳から芸能活動を始める。
1994 R.KELLYプロデュースで
デビューアルバム『Age Ain't Nothing But A Nomber』をリリース。
当時15歳。
1996 Timberlandプロデュースで
セカンドアルバム『One In A Million』をリリース。
2000 映画『ROMEO MUST DIE』で女優デビュー。
2001/8/25 バハマでPV撮影を行いその帰りに飛行機事故に遭う。
享年22歳。
その時のPVがコチラ。(曲名:Rock The Boat)
以上。かなけぽん
沖縄県出身。兄の廣山哲史と弟の廣山陽介の二人からなる双子テクノ・バンド。
哲史が遊び感覚で実験的に楽曲制作に入った頃と時を同じくして、陽介はDJとしての活動を開始。お互いの音楽スキルを共有し、理解し合えた頃、琉球ディスコとしての本格的な活動を始める。
結成当時から一貫しているのはあくまでも『沖縄の音』にこだわること。琉球音階、沖縄の楽器、音符の使い方など、沖縄・琉球の様々な要素を音楽制作の基盤にしている。互いに遠慮せずにとことん意見を交わし、妥協を許さない作品作りは兄弟ならではの強みだ。
DJで沖縄のクラブを訪れていた石野卓球に自ら声をかけ、作品のデモテープを渡したことがきっかけとなり、2004年6月に石野卓球が主宰するレーベル“Platik(プラティック)”からデビュー・ミニ・アルバム『LEQUIO DISK(レキオ・ディスク)』をリリース。7月には国内最大のテクノフェスティバルWIRE04(横浜アリーナ)に出演。“これまでにないテクノ・ミュージック”の噂を聞きつけた人々が、そのライヴを一目観ようと殺到し、多数のフェスで入場規制がかかった。同年11月には、大好評を得たWIRE04でのライヴパフォーマンスを収録したDVD『LEQUIO LIVE -LIVE at WIRE04-』を発売した。
2005年3月には、豪華ゲスト陣(石野卓球、TOBY、NAOTO等)とのコラボレーションを実現した待望のファースト・フル・アルバム『RYUKYUDISK O TECH(琉球ディスコテック)』を発売。さらに6月、初の本格的ボーカルトラックを収録したマキシシングル「CHURAZIMA(美ら島)」をリリースし、その新曲を携えて7月から8月にかけWIRE05、FUJI ROCK FESTIVAL、ROCK IN JAPAN FESTIVAL、SUMMER SONIC、RISING SUN ROCK FESTIVALと、数ある夏フェスを総なめにした。年末には日本最大の冬のロックフェスティバルCOUNTDOWN JAPAN 05/06(幕張メッセ)にも出演し、ロックファンにもその存在を十分にアピールした。
2006年1月〜2月、初の全国DJツアー『Pitchwork DJ Tour 2006』(全13公演)を実施。ちなみにこのツアータイトルは、自身がレジデントを務め、定期的に沖縄で行っているレギュラーパーティ−の名前である。同年7月には、約1年ぶりとなる待望のセカンドアルバム『PEEKAN(ピーカン)』をリリース。前作よりも、さらに幅を広げた沖縄産ダンスミュージックの名盤とともに、前年に引き続き FUJI ROCK FESTIVAL、RISING SUN ROCK FESTIVAL、WIRE06、COUNTDOWN JAPAN 06/07等、数多くのフェスに出演。さらにこの年には、前年に続くアジア各国(香港、台湾、韓国など)へのツアーに加え、初のヨーロッパ公演となるロンドンでのライヴも果たした。
また、自身の音源のみならず、m-flo、ORANGE RANGE、AIR、CHEMISTRY等、 数多くのアーティストのリミックスも担当しており、センセーショナルなデビュー以降、注目度がまったく落ちない、新しいスタイル、そして新しいスタンスのクラブ系アーティストである。
1986年の渋谷公会堂にて本人が買ったチケットは、1階28列35。
#記憶なので間違ってたら修正を
ゆずは、神奈川県横浜市磯子区岡村出身の、リーダー北川悠仁とサブリーダー岩沢厚治の二人からなる平成フォークデュオ。トイズファクトリーの関連会社である(有)セーニャ・アンド・カンパニーに所属している。
ストリートミュージシャン出身。元々同じバンドのメンバーであった二人が出し抜けをくらわせてストリートに進出。ストリート時代は主に横浜市中区伊勢佐木町の松坂屋前で路上ライブを行っていた。最初にストリートに出たのは岩沢で、それを見た北川が一緒にやろうと誘う。岩沢の返事は、ドキドキしている北川に比べてかなり軽くOKしたとテレビで話していた(参照:WEST21)。 路上の最終日は7000人が集まった。
結成当初は「Lights」という名前だったが、これを自分達に合っていない上、軽くダサいと感じていた北川が、二人が当時一緒にやっていたバイト先の食事会で食べた柚子シャーベットから「ゆず」へと変更(因みにそのとき岩沢はバニラアイスを食べていたため、もしかしたら「ゆず」ではなく「バニラ」になっていたかも、とよくネタにしている)。音楽プロデューサーに元JUN SKY WALKER(S)のメンバーだった寺岡呼人を迎え、1997年『ゆずの素』でインディーズデビュー。翌年1998年1stシングル『夏色』でブレイク。テレビへの露出は少ないが(バラエティでは、2002年のワンナイR&Rスペシャルに出演していた)、さわやかな歌声、詩などから老若男女を問わず幅広い層から支持を得る。また、フォーク復興の立役者としての評価も高く、新たなるフォークとして「ネオ・フォーク」と呼ばれるジャンルを確立した(本人らの自称は「平成爽やかフォークデュオ」)。2003年及び2004年には「NHK紅白歌合戦」にも出場した。さらに初のカウントダウンライブを横浜で行う。『栄光の架橋』がNHKの2004年アテネオリンピック放送の公式テーマソングに起用され、ゆずの知名度は更に高まった。この影響からか、以前よりテレビ番組へ出演する機会が増えた。
路上アーティストの中でも、ゆずの楽曲を歌う者は数多い。19、唄人羽、コブクロなどと共に弾き語りの定番となっている。
ゆずのファンのことを「ゆずっこ」と呼ぶ。 ライブ前には演者・客・スタッフ・警備員含め全員で「ラジオ体操第一」を行い、アンコールのコール代わりにゆずの曲を歌うのが定番となっている。また、日本では冬至の日に柚子湯に入る習慣があることから、それにちなんで、毎年12月22日には無料のライブを敢行している。この冬至の日ライブは、現在では珍しい録音録画完全OKのライブとなっているかわりに、ライブ会場は当日朝までシークレットとなっている。
北川 悠仁(きたがわ ゆうじん、本名同じ、1977年1月14日 - )
ゆずのリーダー。血液型はA。担当は、ボーカル、ギター、タンバリン、ピアニカ、カズー、口笛、雄叫びなど。「悠仁」「仁くん」「仁ちゃん」「悠ちゃん」などで親しまれている。ゆず結成前はX JAPANのYOSHIKIに憧れバンドでドラマーとして活動。横浜高校時代はバスケットボール部に所属。一時期俳優として活動していた事もあり、テレビ朝日系ドラマ『名探偵保健室のオバさん』等に出演。Vシネマ「オールナイトロング」では主演だったこともある。現在はPV「恋の歌謡日」「もうすぐ30才」などでその片鱗を見ることが出来る。また、映画「サヨナラCOLOR」にも出演。田臥勇太と友人。アコースティックな楽曲が多かったゆずにエレクトリックギターを取り入れる等、彼による新たな試みも多い。ギターは、ジョン・レノンも生涯愛用していたギブソンのJ-160Eを愛用している。髪型の変化も様々で、ストレート、パーマ、銀髪、金髪、ソフトモヒカン、長髪に加え、もみあげを生やすなどバラエティに富んでいる。実はタイアップが嫌いである。
岩沢 厚治(いわさわ こうじ、本名同じ、1976年10月14日 - )
ゆずのサブリーダー。「厚ちゃん」「岩ちゃん」「チー坊」「お父さん」などの呼び名で親しまれている。ゆず結成前の高校時代から路上で音楽活動をしていた。血液型はO。担当は、ボーカル、ギター、バンジョー、テンホールズハーモニカ、など。神奈川県立富岡高校時代はラグビー部に所属。右目の下に泣きぼくろがある。北川とは正反対で、デビュー以来髪型がほとんど変わっていない。理由は「めんどくさいから」。ビールが好き。2004年には長渕剛のトリビュートアルバムにコーラスで参加。ギターはヤマハFGシリーズをギターを始めた中学生の頃から愛用しており、現在彼が使用しているギターはヤマハのカスタムメイドモデルである。また、彼の愛する長渕も使用してるハーモニカ、TOMBOのMAJORBOYを使用。また、そのハーモニカにはK.IWASAWAと本名のスペルが書かれている。ちなみにMAJORBOYはブルースハープではない。ブルースハープとはホーナー社のハーモニカの商品名であり、正式名称は10穴ハーモニカ(テンホールズハーモニカ)である。
1997年10月25日 インディーズアルバム「ゆずの素」をリリース。前代未聞の全曲路上レコーディングによる。
1998年2月21日 ミニアルバム「ゆずマン」でメジャーデビュー。
1998年6月3日 1stシングル「夏色」をリリース。
1998年7月23日 1stフルアルバム「ゆず一家」をリリース。
1998年8月30日 毎週日曜22:00から横浜・伊勢佐木町松坂屋前で行っていた定例路上ライブを、人が集まりすぎるなど保安上の理由からこの日をもって終了。現在は当時ふたりが立っていた場所の壁にレリーフが飾ってある。
1998年9月18日 「ゆず一家」からのリカットとなる2ndシングル「少年」をリリース、初のTOP10入りを果たす。
1999年10月14日 2ndフルアルバム「ゆずえん」をリリース。初のオリコンウィークリーチャート1位を獲得。さらに初のミリオンセラーとなる。
1999年12月25日 寺岡呼人と結成したユニット「The Little Monsters Family」としてシングル「星がきれい」をリリース。
2000年7月12日 50万枚限定でミニアルバム「ゆずマンの夏」をリリース。
2000年11月1日 3rdフルアルバム「トビラ」をリリース。オリコンウィークリーチャート1位を獲得。自己最高の初動売上を記録。
2001年6月29日 一夜限りの東京ドームライブ「ふたりのビッグエッグ・ショー」 開催。
2001年10月9日 ジョン・レノン音楽祭 2001に出演
2002年3月6日 4thフルアルバム「ユズモア」をリリース。
2003年2月5日~2月26日 「ゆずの2月は4部作」と銘打って4週間連続で各10万限定シングルリリース決行。
2003年3月19日 5thフルアルバム「すみれ」をリリース。
2003年7月30日 ミニアルバム「ゆずスマイル」をリリース。
2003年10月4日 ジャパンラグビー応援ソング「威風堂々」発表。(当時リリース未定)
2003年12月31日 「第54回NHK紅白歌合戦」に初出場(横浜松坂屋前から「夏色」「濃」「またあえる日まで」を熱唱)
2003年12月31日~2004年1月1日 初のカウントダウンライブ『ゆずカウントダウンライブ2003~2004 幸(せ)拍(手)歌合戦』開催
2004年5月29日 体育館ツアー2004「夢の地図」前夜祭を行う(東京)
2004年9月5日 体育館ツアー2004「夢の地図」沖縄公演(沖縄ダンスクラブ松下)が台風18号の影響により初のライブ中止となる
2004年9月15日 6thフルアルバム「1~ONE~」をリリース。
2004年9月29日 横浜市より「横浜文化賞」の「文化・芸術奨励賞」を受賞する。(授賞式は10月30日)
2004年10月30日 9月29日に決まった「第52回横浜文化賞」授賞式
2004年12月15日 イベント「スペシャ大感謝祭~夢の青白歌合戦!?」出場(東京体育館、12月31日テレビ放送)
2004年12月22日 冬至の日ライブ(沖縄県)
2004年12月31日 第55回「NHK紅白歌合戦」に2回目の出場(NHKホールから「栄光の架橋」を熱唱)
2005年6月8日 本人らが選曲したベストアルバム「Going [2001~2005]」「Home [1997~2000]」を2枚同時リリース。
2005年7月23日・24日 NISSAN OTTI Presents YUZU SUTADIUM 2005 「GO HOME」開催(日産スタジアム)
2005年12月22日 冬至の日ライブ(高知県)
2006年1月18日 7thフルアルバム「リボン」をリリース。
2006年1月21日~5月28日 ゆず体育館ツアー2006「リボン」
2006年7月29日~7月30日 ゆずスマイルコンサート2006「にほんのうた」
2006年12月22日 冬至の日ライブ(横浜)
2007年2月28日 東京都立久留米高等学校にて卒業ライブ実施。リクルート×SCHOOL OF LOCK!の企画による。
2007年3月7日 23rdシングル「春風」をリリース
2007年5月23日24シングル「Original Soundtrack Single 映画「しゃべれども しゃべれども」をリリース
ゆず -OFFICIAL WEB SITE- 公式サイト
http://www.senha.jp/yuzu/
ゆず 公式サイト
http://www.toysfactory.co.jp/yuzu/
ゆずネット 公式サイト
http://yohito.com/yuzu.html
ゆずSpecial Site 公式サイト(Tourブログ付き)
http://ent2.excite.co.jp/music/special/yuzu2/
SCHOOL OF LOCK!(ゆずlocks!)公式サイト
http://www.tfm.co.jp/lock/yuzu/
TOKYO FM公式ページ
http://www.tfm.co.jp/index.html
マキシマム・ザ・ホルモン
マキシマム ザ ホルモン(Maximum the Hormone)は、1998年に結成された東京都八王子市出身の満腹(腹ペコ)ミクスチャーロックバンドである。
略称は「ホルモン」。
メンバー
マキシマムザ亮君(本名:川北亮、1978年12月13日-)
担当:歌と六弦と弟(ギター・ボーカル・作詞・作曲)
ダイスケはん (本名:津田大輔、1977年9月13日-)
担当:キャーキャーうるさい方(ボーカル・MC)
上ちゃん (本名:上原太、1980年4月15日-)
担当:4弦(ベース)
ナヲ (本名:川北奈緒、1975年12月16日-)
担当:ドラムと女声と姉(ドラム・ボーカル・MC)
概要
意味が無いようで深い意味が隠された独特な言語感覚の歌詞、ボーカルスタイルが特徴で、ネタ満載のMCにも定評がある。ライブにて、強制参加の「恋のおまじない」があるが、メンバーがやさしくレクチャーしてくれる。合言葉は「三度の飯より飯が好き」。
バンド名の由来とされる「脳内分泌物(ホルモン)が最大級(マキシマム)に分泌されるくらいの音楽をぶちかますっっ!!!」というのは後付であって、実際はメンバーが肉好きだったため焼き肉の「ホルモン」の名前を入れ、そこに更にバンドらしさを加えていった結果の名称である。
当初は「Maximum the Hormone」と英語表記だったが、メンバーチェンジ後は現在のカタカナ表記が基本となった。
1stアルバム『耳噛じる』より、曲ごとにマキシマムザ亮君によるセルフライナーノーツ(曲解説)がついている。
目からうろこがこぼれるような熱いロック魂込められた話から、どうしようもない嘘話まで書かれている。
中でも「全部嘘だ!調子に乗るな!この野郎」などの逆ギレはお約束台詞となっている。
シングル『延髄突き割る』収録曲「ROLLING1000tOON」は「延髄突き割る」というタイトルで収録予定だったが、アニメ制作サイドであったバップ(後にメジャー移籍元となる)から「怖い印象を与える恐れがある」と却下され、夜中の格闘アニメに怖いも何も無いだろうと考えたマキシマムザ亮君は「深夜にアニメなんか見てないでさっさと寝ろ!」というタイトルを発案したが、これも数秒で却下され今のタイトルとなった。
曲タイトルが変更となったのはこの一件のみではなく、アルバム『ロッキンポ殺し』収録曲「川北猿員」は「川北サリン」というタイトルで収録予定だったが、サリンがオウム真理教による地下鉄サリン事件を彷彿させるとのことからレコード会社からクレームが来たため、現在のタイトルとなり、オフィシャルサイト上でも謝罪とコメント文が掲載された。
リリースアイテムの価格は語呂合わせになっている(2564円→「ぶっ殺し」価格、1193円→「いい草」価格、1129円→「いい肉」価格など)
両手でメロイックサインを作りそれを胸の前で腕をクロスさせる、ヘヴィメタルバンド御用達の「メタルポーズ」を再び流行らせた。
メンバー写真では常にこの「メタルポーズ」を取っている。
マキシマムザホルモンのシンボル的ポーズとなりつつある。
「パトカー燃やす」、「ポリスマンファック」、「ポリスマンベンツ」など、警察に対して何らかの感情を持つ楽曲が多い。
公式HP:マキシマム ザ ホルモン
デビュー当時から、そのざらついた感触の、だが良い意味で耳に残る声がラジオ業界を中心に注目される。初期の頃は大人の女性を中心に人気を獲得、ライブ会場の客層も女性が大多数を構成していたが、近年では、彼ならではの「エッジの効いた」作詞で男性ファンも増加。本人もそれを認めている。最近ではNHKの番組、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(毎週火曜日22:00~22:43)で特製バンド「kōkua」(コクア)を結成し、作詞作曲を手掛けた『Progress』がそのテーマ曲となっている。
柴田淳オフィシャルサイト
http://www.shibatajun.com/
生年月日 1976年11月19日
出身地 東京都
星座 さそり座
血液型 A型
FAIRY FORE
FAIRY FORE(フェアリィフォーレ)は、日本のロックバンド。
メンバー
・現王園 崇
・YASU
・YOKO
・タイト(サポートメンバー)
シングル
1. LOVE SICK(2001年8月22日)
2. VIVID(2001年11月7日)
3. BODY DOUBLE(2002年3月6日)
4. ジェット(2002年6月5日)
5. Darling(2003年2月15日)
6. youphilous(2003年12月24日)
アルバム
1. HEAVEN'S MARKET(2002年6月26日)
1. Merry-Go-Round
2. LOVE SICK
3. BODY DOUBLE
4. 積み重ねたDejavu
5. School Days
6. Tear
7. ジェット
8. Mr.BADMAN
9. VIVID
10. untidity
11. VIRGIN
12. SEXUAL EXCITEMENT
1. この花が咲いて枯れるまで(2005年5月4日)
1. 晴レルヤ
2. パノラマ
3. youphilous
4. Mon:Star
5. Even
6. FEEL MY SONG
7. 鼓動
8. 風船
9. Shangrila
10. LIFE
11. Hostile period
12. Boys,be ambitious
13. この花が咲いて枯れるまで
ミニアルバム
1. LOOP(2000年10月18日)
1. Ring
2. CHILD OF WIZARD
3. SWEET-ness
4. パズル
5. Shooting Star
6. Not' gonna LOOSE
7. CHAOS
ビデオ・DVD
* SPICE SHOWER(2004年6月12日)
LM.C
LM.C(エルエムシー)は元PIERROTのギタリストAijiと元sinnersのギタリスト→雅-miyavi-の石原軍団ジャポンのギタリストをしていた、新世紀型ヴォーカルmayaによって結成されたヴィジュアル系ユニットである。
ラップ調でアップテンポなメロディーが特徴である。
ユニット名「LM.C」はもともと決めていたHPの名前からきている。
2006年4月2日に行われたPIERROTの日比谷野外大音楽堂でのライブで配布されたチラシにて、初めてその存在が世に明かされた
同年8月に行われたメジャーデビューシングルのPVシューティングにて、初めてファンの前にお披露目となった
■メンバー
・maya
・Aiji
泉こなた/柊かがみ/柊つかさ/高良みゆき:平野綾/加藤英美里/福原香織/遠藤綾
アニメ「らき☆すた」で主題歌を歌っている。
「もってけ!セーラーふく」は、最近のアニメソングでは類を見ないはやいテンポの曲に高い評価がある。
また、一部の人から強い支持もあるせいか
週間初登場2位
初動売上65907枚
累計売上95667枚
と、アニメソングにしては大変良い功績を残している。
メンバー
泉こなた(平野綾)
柊かがみ(加藤英美里)
柊つかさ(福原香織)
高良みゆき(遠藤綾)
※左の名前表記は、アニメ「らき☆すた」のキャラクターの名前である。
![]() | TVアニメ『らき☆すた』オープニングテーマ::もってけ!セーラーふく 泉こなた/柊かがみ/柊つかさ/高良みゆき:平野綾/加藤英美里/福原香織/遠藤綾
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りえ(Vocal)
かよっこ(keyboard)
まいこ(Bass)
りんご(Drums)
大阪発!ギターレスセンチメンタルロックバンド。
1991年黒夢前身バンドのGARNETで 清春、人時、間宮香、鋭葵4人で活動していたが 当時、GERACEEに在籍していた臣が清春に
何度も一緒にバンドを組もうといい1991年5月にGARNETを 解散して黒夢を結成。メンバーは清春、人時、臣、鋭葵で 活動していたが1991年6月に鋭葵脱退。 その後7月にドラムに正式メンバーとしてHIROが 加入する。
インディーズで人気がでてきたが1994年に 音楽性の違いということでHIROが脱退。 その後ドラムはサポートになる。 1995年1月6日レコーディング中に臣が失踪し 脱退してしまう。その後は清春、人時の2人になり 95年10月13日にシングル「BEAMS」を発売する。 この曲はマクセルのカセットテープのCMに使われ 「黒夢」を有名にした1曲と言える。 96~98年まではツアーを続けあまりテレビに でなくなる。次第に清春と人時の関係が悪化し 98年のツアー中には別行動や楽屋さえも違うようになり 第3者が間にはいってコンタクトをとらないとだめになる。
1999年に黒夢が事実上の解散状態となり、 その後黒夢のサポートミュージシャン、 坂下たけともらと共にSADSを結成。
この時に満園英二も誘ったが当時は断られたらしい。
2003年からはソロ活動を行っている。
黒夢後期以後は誌面や歌詞の中で痛烈に批判していたヴィジュアル系について、自身の出身である事も含め近年は肯定的である。ただし、清春に影響を受けたフォロワーが非常に多く、その意味で自分はある種のオジー・オズボーン的な立場であるという自負もあるためか、フールズメイトなどのヴィジュアル系色の濃い雑誌では後輩へ棘のある発言が度々見られる。
黒夢、SADS時代と対照的に、ソロ活動を始めてからはファンへの感謝の気持ちを度々MCやインタビューで口にするようになった。SADS後期から黒夢時代の曲も歌い始め、ソロになってからもたびたび歌っている。そのためライブの演奏時間は平均的に3時間を超え、長期化する傾向が強まっている
X→LUNA SEA→SIAM SHADEと、Xの系譜を汲むバンド。ドラムの淳士はLUNA SEAの真矢のローディだった。
X、LUNA SEAより、ストレートなロックを聴かせてくれる。ドリームシアターを聴いて育ったプログレ好きなDAITA、淳士、ハードロック好きなNATIN、邦楽、洋楽問わずいろいろな曲を聴いてきたHIDEKIとKAZUMA。5人の音楽的ルーツが絡み合って、SIAM SHADE特有の音楽が生まれる。
実力的には、おそらく国内でもトップレベル。どんなに激しいプレイをしても、演奏が乱れることはない。弦楽器隊が一様にヘッドバンキングしながらプレイする様は、圧巻の一言。
また、主なメロディメーカーが3人いるのも特徴。HIDEKIは独特の琴線に触れるメロディを、DAITAはロックの王道を、KAZUMAはハードかつポップな曲を。また、後期には淳士とNATINも作曲に参加している。
◎キャプテンストライダム
○1999年結成。2000年現メンバーに。
◎キャプテンストライダムのメンバー構成
○永友聖也 VO.G
1976年2月22日生まれ 男
血液型:A型
特徴:
好きな物:カレーと広島カープと妖怪
○梅田啓介 B.CHO
1978年9月20日生まれ 男
血液型:A型
特徴:眼鏡をかけている。表情が豊か。
好きな物:
○菊住守代司 D.CHO
1978年6月13日生まれ 男
血液型:B型
特徴:特徴的な顔をしてドラムをたたく
好きな物:


