年少さんの頃人数の少ない学校ですごしていました。
結構前にその校舎も取り壊され
自分が育った学校の無くなる日にも招待され、
その式に立ち会う事が出来ました。
ただ漠然とたくさんの時間と思い出があった気がするけど
実の所あまり覚えていないのは、
やはりずいぶんと時が経ったから。
子供の頃の記憶なんてそんな物だろう。
でも
どこで、何をして、誰と遊んでいたのかは、
授業の内容以外は結構思い出せるもので。
そしてそれらのどの光景にも
校庭の片隅に金色の樹があった事は鮮明に覚えている。
学校は校門も無く金網のフェンスで囲われていて
出入り口に何かの石碑がひとつ
隣にその石碑の記念だったか銀杏の樹が植林されていた。
昔、特に田舎な町はゲーム機なんて持ってる奴もなく。
遊びといったら近所の駄菓子屋で少ない小遣いから
限度額内でどれだけ遊べるかが
勉強なんかよりも一番大切に頭を使う所だった。
学校の子供達はほとんどその近所の駄菓子屋に
居ずっぱりなので、
学校が終わっても遊ぶのは必然的に校庭だった。
授業が終わったらまっすぐ家に帰り、カバンを置いて
そしてまた校庭に遊びに行く。
飽きる事なく、毎日がそんな日で埋め尽くされてた。
銀杏の樹はいつも校庭の出入り口で
おはよう、また明日!
毎日、毎日繰り返し聞いていたと思う。
そして言っていたのかもしれない。
幼い子供は石碑のなんたるかなんて知らない。
高い所に登れる物は登り、
誰がより上から飛び降りれるかを競う
そんなただの登り台だった。
ひとつ何かをこなすと人間は次を目指す生き物。
だんだんと石碑に慣れる者が増えてきた後
次のターゲットは自然とその隣の銀杏の樹に移る事に。
大きな銀杏の樹は直接下からは登る事は出来なかった。
でも丁度その石碑の方に、こっちに来てもいいよ。
といわんばかりの太く、大きな枝が幾つか生えていた。
誰もが石碑を登り、そしてそこからそれを伝い
そして銀杏の樹へと登りついた。
何人かが成功すると、そこはコロンブスの卵。
やがて大勢がまるで小鳥のように樹に宿っていった。
しかし、隆盛を極めれば衰退もまた然るべき物。
人が多くなればなるほどいずれ誰かがヘマをやらかす。
ある休み時間。
調子に乗ったヤツがその枝を折る勢いで下へ下へ
反動をつけてぶら下がり遊んでいた。
そんな事をしているんだ。
そりゃぁそうなる。
見事枝はボキリと折れ、ソイツはそのまま落下。
色々どこか強打して勝手に泣きじゃくる。
さして日を置かず。樹は登れない様になった。
ー危険なので登ってはいけないー
そう先生に諭され、だんだんとみな近づかなくなっていった。
いつもあれだけ葉を付けていた銀杏の樹は
その年はなんだかすぐに散ってしまった気がした。
ほどなく大きな学校へ行く事になった。
繰り返す幼い毎日に
銀杏の樹はもう思い出さなくなっていた。
中学生。
閉校の報せ。
子供なりに数年間いろいろ変わり行く町並みを見てきた。
ふと樹の事を思い出す。
少し不安だった。
当日。
昔の友達。昔の先生。昔の校舎。
6年生の頃の担任の先生も来ていた。
当時先生は教師になって3年目だったので
他の先生の休日出勤回避の為にお鉢が回ってきたのだと思う。
しかしそういう稀な式に来たのは初めてだったのだろう。
少し高揚した面持ちでいた。
自身の最初に送り出した卒業生である自分を見つけ
楽しそうに話かけてきた。
式の終始、隣で列席の方への挨拶など張り切っていた先生を尻目に
小さくなった教室から外に目をやっていると
視線がなんだか引っ張られた気がした。
ああ、そうだった。
直接校庭内に車で来たので気づかなかった。
そして思い出した。
教室から覗く銀杏の樹は
あれからもたくさんの挨拶を繰り返していた様だった。
消え行く校舎に思いを馳せるべきなのだが
何よりも感情が込み上げてきた瞬間だった。
式が終わると今度は歩いて校門から家へと帰った。
またね。と少し樹を見やって歩き出す。
一瞬だけ風がゆれた気がした。
数年前。お正月。
何かのきっかけで友人と昔の学校を回ってみた。
まだ地面に残るたくさんの落ち葉。
きっとまた
たくさんの葉をつけていたのだろう。
そしてたぶん今年も。
バイバイ。
またね。

















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