タイトルは、zazen boys向井くんに対するくるり岸田繁くんのコメントです。
伝統芸能ってのがおもろい。
最近、the velvet undergroundのセカンドアルバムを買うた。
二曲目に[the gift]って曲がはいっとるねんけど、これがかっこええねん。右側から音楽、左から詩の朗読。はまっとります。ローザルクセンブルクもはまっとる。「在中国的少年」もなにもかもかっこええ。
いろんな音を聴いてる。世界を楽しもうというコンセプトのもと。
タワレコでバイトを始めた。なんとなく音楽のバイトがしたかった。
音楽の話でいうと、明日、渋谷にthese new puritansのうちの二人がくるのでオールでイベントに行こうとおもてる。見るのがとても楽しみや。
デビットバーンが最近来日してんけど、ライブいけへんかった。
高橋盾がブログにデビットバーンのライブのことを書いていた。
行けばよかったなとちと後悔。
最近、友達といろいろなクラブのイベントに行っている。
いろんな人がおっておもしろい。やっぱり人と話すのは大事やとつくづく思う。
あるブランドの無償のインターンをやり始めた。
あるデザイン系の雑誌をたまたま購入し、たまたまそのブランドに目がとまり、ホームページに行くとたまたまインターンの募集をしていた。たまたま電話して、面接したら合格した。3月から本格的に開始する。28日には東京コレクションがあるため、忙しいみたいなので参加せなあかん。
映画はみとるねんけど、最近みてよかったんは、レオス・カラックス監督の「汚れた血」。「マジックアワー」もまあまあおもろかった。
最近、いろいろ考える。
とにかく考えることは、今生きていて日々なにげなくすごしている日常の知覚体験を変えたい!!!
それをめちゃ思う。
俺は不器用や。なのに洋裁なんて器用なことをやろうとしている。
しかし、ひとつ気づいた。
器用な人にはない知覚の可能性を秘めていることを。
ものわかりのいい器用に人生を送ってきた人ならふつうそうはやらないだろうということを俺はやる。これを俺はずっとあかんとおもてた。
気づいた。。そう思うことがあかんかったんや。
不器用やからこそできないことがあるとわかった。
器用なひとはものの適切(それが適切かはわからんけど)な方法でものを使ったりする。日常生活ならそれが一番いいだろう。
しかし、「もの」ってそんなもんじゃないような気がする。
不器用な人はその「もの」のふつうに意図された使い方と違う使い方をするときがある。俺もよくある。
意図された違う使い方をされることによって、その「もの」の違う側面がみえていくように思えた。それは「もの」の多様性であり、世界は絶えず変化するような感覚に近いような気がした。
不器用な人、彼らこそありきたりな日常を変えるのに必要な人々じゃないかと俺は思っている。不器用な人を100人集めて、フィルムに実験的に映像をとらえたい!!!世界を変える!!!
ボイスレコーダーで日々思ったことを録音する。
人と話しているとき、電車に乗っているとき、いろんな音を撮る。
あと考えていることは、幼稚園ぐらいの子供を集めて、人類生誕から今の今までの歴史を書いてもらいたい。
歴史の教科書なんてわけわからん。
これが真実です!!!みたいに言うてるようにしか思えへん。
歴史なんて幻想や。
ありきたりの歴史観よりも、子供が描く歴史のほうがよっぽど僕らの知覚を変えることができる多様性を持っているように思う。
世界を変えたい。とにかく今はそれだけや。
そのためにはもっと人と出会い、刺激しあわないとあかん!!!
文化服装学院なんていうちっさいとこおってもしゃーない!!
この情熱は文化服装学院ファッション工科基礎科3組では伝わらなかった。笑
ありきたりな俺らの知覚を俺が変える!!!
今の俺の野望、そしてモチベーション。








itoshiです☆











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