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  <title>社長の履Rec書</title>
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    <title>引っ越しのご案内</title>
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    <modified>2009-02-12T12:06:03Z</modified>
    <summary mode="escaped">このブログは2007年に完結しました。
シリーズ２を経て今はシリーズ３として
2009年2月からこちらに引っ越しております。

タイトルは
「レッツゴー！洋楽研究会」です。
よろしければこちらもご愛顧のほどお願いします。

http://ameblo.jp/nihonyogaku</summary>
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    <dc:date>2009-02-12T12:06:03Z</dc:date>
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    <title>The Future Is Unwritten</title>
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    <modified>2007-08-13T06:28:37Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200181461.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200181461.jpg

「会長のロックンロール黄金時代」

半年間の間に「社長の履Rec書」に登場した昔の仲間たちも
何十年かが経つとバラバラになったり音信普通になったり、
故人になった人もたくさんいます。

誰でも若かりし時代はピチピチと躍動しています。
今の自分は棚に上げて記憶の中の仲間たちは若いままです。
だからクラス会、ＯＢ会ではガッカリすることが多いのですね。
思い出は美しいと申します。

昔話は昔話として記録しておきさえすればいいものを
その「美しい思い出」を壊すように
この間から野中と友人たちの現在を書き始めました。
「http://playlog.jp/golden-rock/blog[会長のロックンロール黄金時代]」
今では登場人物の容姿も行動もすっかり変化しております。
ある意味醜悪かもしれません。
でも事実は事実。

しかも年は取っても老人になるには早すぎるとばかり
チョイでも超でも何でもいいからおやじのままで遊び続けたい
ていうか、死ぬまで老人にならずに生きていたい。
迷惑な話ではありましょうが、そう決めちゃった連中です。

たとえみんなから露悪趣味と言われても
そんな２００７年の野中規雄と仲間たち、
過去・現在・未来で言えば「現在」篇
それをしこしこと書いていきます。

＊＊＊

クラッシュのジョー・ストラマーの自伝映画
「LONDON CALLING / ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー」
が、ジュリアン・テンプル監督で９月に公開されます。

この映画を見てショックを受け「醜い」自分でもいいから
このまま正直に曝していこうと思ったのがキッカケでした。
映画については別の機会に書くつもりですが
カリスマであったあのジョーですらこんな人間的な悩みや苦しみが、、
それなら一般人の私の迷い道クネクネ程度は当然だな
と安心した次第です。

映画の原題は「The Future Is Unwritten」
カッコ良すぎるタイトルですけど真実ですもんね。
過去は過去で終わらず、現在に続いているが
未来というものはまだどこにも書かれていない。</summary>
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    <dc:date>2007-08-13T06:28:37Z</dc:date>
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    <title>感謝御礼</title>
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    <modified>2007-07-10T06:42:50Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200086132.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200086132.jpg

去年の１１月１４日から始めたこのブログもほぼ８ヶ月、
きのうで無事終了しました。

とても不思議なんですが、すっかり忘れ去っていた当時の記憶が、
書いているうちに次々と手繰り寄せられる感じで蘇ってきて
思いの他こんなにも長く続けることができました。
きのうまで全部で１０８本ですって！
偶然ですが、この年齢になっても未だに煩悩の多い私には
ちょうどいい区切りの数字かなと思われます。（笑）
例のＴＶドラマ「ＬＯＳＴ」も１０８がキーワードだったし。

みなさんからメールやメッセージやコメントやハートマークを
たくさん頂いたのも、ここまで続いた大きな理由だと思います。
本当に有難うございます。

結構驚いたのは、業界の飲み会などで「見てるよ」と
声をかけてくれる人が本当にたくさんいたこと。
「メッセージくらいくれればいいのに」と思ったり
「ヤバイこと書けないから『裏履Rec書』でも始めようか」と思ったり。

そして何より、このブログがキッカケで何十年間も音信不通だった
人たちと連絡が取れたことが嬉しい波及効果でした。
全員の名前は書けませんが、あの人、この人・・・
さすがにネット時代だな、と。
ＬＡやロンドンからコメントくれた人を初めとするみなさん、
このまま又去らないで下さいね。
野中もあと１年は会社にいますから。どこかで飲みましょうよ。
危なくてここに公開できなかったネタは、
その時お酒に酔ったフリでもしてお話しましょうか。

リタイアまであと１年なのだし、何らかの形で続けたら？
と言ってくれる仲間もいますので、
ひとまず「社長の履Rec書」としてはここまでにして、
又何らかの形で登場するつもりです。

ともあれ、長くつきあって頂いて有難うございました。
ゆうべ早速お疲れ会やったけどうちのスタッフも、有難う！
感謝です&amp;x-yureruheart;&amp;x-yureruheart;

野中規雄

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200162074.jpg
（リタイアまで百マイル）</summary>
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    <dc:date>2007-07-10T06:42:50Z</dc:date>
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    <title>マウンテン（社長の履Rec書最終回）</title>
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    <modified>2007-07-09T06:02:45Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200161522.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★マウンテン / 暗黒への挑戦（Live-The Road Goes Ever On）★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200161522.jpg

マウンテンとは、あのウッドストックにも出ていた、
ギター；レスリー・ウェストとベース；フェリックス・パッパラルディを
中心とするアメリカン・ハードロック・バンドです。
その１９６９年にレスリー・ウェストのソロ・プロジェクトでデビューし
すぐに正式なバンドとなって７０年代初頭を走ります。
（元クリームのプロデューサーでもあった、バンドの音楽的支柱
パッパラルディは１９８３年奥さんに射殺されています）

私が大学３年生の時に「ミシシッピー・クイーン」がヒットしました。
でもブリティッシュ・ロック・フリークで、ツェッペリンこそが
ハード・ロックだと信じていた私にとっては、マウンテンは
「ま、普通のハード・ロック・バンド」の認識でした。

ところが入社して最初に出席した編成会議の席上で
「これはロックの革命的なバンドなんだ！！」とつばを飛ばす
長髪の赤ら顔アメリカインディアン風担当ディレクターがいて
そのディレクターの情熱と迫力あるプレゼンに圧倒されました。
それが我が師、『堤光生さん』との初めての出会いでした。

日本では堤さんが
●７１年１２月の「ナンタケット・スレイライド（マウンテン３）」
の発売をキッカケに怒涛の攻勢をかけていました。
●７２年３月「悪の華（マウンテン４）」発売
（７２年４月ここで私が入社します）
●７２年５月「勝利への登擧（マウンテン２）」再発
●７２年７月「暗黒への挑戦（マウンテン５）」発売
●７２年１０月「レスリーウェスト（マウンテン１）」再発
１年間に新旧譜合わせ実に５枚のアルバムを発売したわけです。
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200161520.jpg
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200161521.jpg
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200161519.jpg
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200161522.jp...</summary>
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    <dc:date>2007-07-09T06:02:45Z</dc:date>
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    <title>ホワイトベリー</title>
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    <modified>2007-07-04T21:54:35Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200156106.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★ホワイトベリー / 夏祭り★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200156106.jpg

夏になりましたからね。

７２年に入社した私は洋楽に９０年までいて
その後、国内制作の新人発掘部門を担当し、
国内レーベルを２つ巡ってから、
ソニー・ミュージックダイレクトに来る直前の数年間
マネージメントつまりプロダクションをやりました。

２０００年設立、社員４人の小さな会社でした。
社名は「フィールド・オブ・ドリームス」
自分の一番好きな映画のオマージュで。

そこで最初に契約したアーティストが
この「ホワイトベリー」でした。
北海道北見市在住の女子中学生バンドに会うために
会社ができて最初に出張した先が北見です。
生まれて初めての北見は春だというのに雪が残ってて・・。
ソニーレコード代表だった目黒さんと一緒に
メンバーの親御さんたちに挨拶した後で
２人してバーをハシゴしながら語った時は不安ばかりいっぱい。
まさかすぐにあんな大ヒットが出るとは
想像もしていませんでした。

会社設立したその年の大ヒット曲が「夏祭り」でした。
その年と言うより、設立３ヶ月目に７０万枚の
シングル・ヒットが出てしまったわけです。
出会い頭ってヤツですか。
或いはビギナーズ・ラック。

でも実は・・
私はあの曲に初めは反対してたんです。
あの頃「YUKI」がそこそこヒットしていた時期で
作曲はご存知ジュディマリの恩ちゃん。
新生事務所としてもレコード会社としても
解散していたジュディマリの後を狙うつもりでいました。
いやいや、あの頃は真剣に。
だからソニーレコードの担当プロデューサーの江川さんから
次回作がジッタリンジンのカバーの「夏祭り」だと聞いて
「オリジナル楽曲で行くべきだ」と猛烈に反対しました。

しかし、ドラマが始まり
例のミニの浴衣のクリップが評判になってきて
ジワジワと「ヒットの風」吹き始め、発売当日
みんなでシングル盤の初日バックオーダーを予想しました。
大体４０００枚から５０００枚。
それが１万枚を超えるオーダーがありました。
ごめんよ、江川さん。君が正しかったです！
今でもこの曲は当社の「着うたフル」では夏ともなると
トップ３に入ってくる、もうスタンダード・ナンバーです。

悩みも多くありました。
まず何よりバンドのメンバーが子どもだったこと。
そしてみ...</summary>
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    <dc:date>2007-07-04T21:54:35Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館（写真最終回）</title>
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    <modified>2007-07-04T02:29:52Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200151070.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★湯川氏宅★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200151070.jpg

どこまで行ってもキリがないのでこれで写真館は最後にします。

１９７７年春。
四ツ谷の若葉町にあった湯川れい子先生宅でのショットです。
プライベートの極地、家族の写真まで出しちゃうのかい！
と言われそうですが、もう最後だしお許し下さいませ。
先生ももしご覧でしたら写真無断使用のことごめんなさい。

この赤ん坊２人、
同じ年の同じ日に生まれて、同じ名前をつけられた２人です。
「ゆうき」と言います。

その偶然の一致を湯川先生とお話していて
「２人を会わせましょうよ」ということになりました。
それがこの写真です。
活発で力強いあちらの「ゆうきちゃん」に対して
ポワーンとして弱々しいうちの「ゆうき」は
オモチャの取り合いでも負けてました。
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200151071.jpg

この日からあっという間に３０年経過しました。
あちらの「ゆうきちゃん」は今は舞台プロデューサーとして
お母さんとも対等に仕事をしているようで相変わらず逞しい。
うちの「ゆうき」もこの５月に結婚して家庭を持ちました。
おめでとう、やっと独立してくれて父さんは嬉しいよ。

最終写真館は、社長じゃなくて「家庭人の野中」の顔にしてみました。
&amp;x-smile;</summary>
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    <dc:date>2007-07-04T02:29:52Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　２０</title>
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    <modified>2007-07-02T06:27:53Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200157805.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★ジャニス・イアン★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200157805.jpg

この何の変哲もない記念写真。
１９７６年ですかね？来日公演の時。
フォトｂｙピーター・カニンガムです。
ジャニスのジャケットとか撮ってたカメラマンですね。

しかし、凄い顔ぶれですねーー。ＣＢＳソニー洋楽販促課。
左から金弘さん、城野さん、秦さん、ジャニス、赤井さん、田中さん・・
（金弘さんと秦さんと赤井さんの名前は「ドーン」に出てます）

金弘さんは独立してカタログ関連の仕事してます。
元は文化放送でお皿を回してました（ＤＪじゃないです）
今、私の「全仕事リスト」を膨大なレーベルコピーを
ひっくり返して洗い出してくれています。

城野さんは、、、、ん～～同期です。

秦さんも同期です。ＥＰＩＣソニー設立メンバーですから
私ともシゲトちゃんとも一緒でした。
ドーンの項に詳しく書いています。
ポルナレフのモノマネと洋楽カラオケが得意です。

ジャニス・イアンは、シンガー・ソングライターです。

そして赤井さん、この人が赤井恭平さんですよ！
「こんにちわ、ベストも名前も赤い、赤井恭平です！」
「ＳＯＮＹなのにＡＫＡＩで～す！」の、これが赤井さんです。
赤井さん、今は大変でしょうけど頑張って下さいね。

田中さん、ビリージョエルの項でチープ・トリックと一緒の
写真に写っていたし、写真館２のポルナレフで、
下の方に大西さんとも写っています。
書きましたが、田中角栄元首相の長男です。
どうすかね、今回の参院選の行方は。
ん～～まあ何と言いましょうか、何とも言えない写真ですな。
ヘアスタイルとかメガネの形とか、
それなのに赤井さんだけ今と全く同じじゃん！！！！

うーーーー
このままじゃ写真館終えられなくなっちまった・・。</summary>
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    <dc:date>2007-07-02T06:27:53Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　１９</title>
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    <modified>2007-06-29T03:58:34Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200156041.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★エアロスミス（ファンクラブのこと）★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200156041.jpg

昔は「ファンクラブ」とは言ってもオフィシャルなものではなくて
レコード会社公認などと言いつつ、
実は高校のクラブ活動みたいなものでした。

学校の帰りにレコード会社に来て会報を作ったり
新譜を聞いたり、宣伝の販促物をもらったり
その替わりリクエストハガキを書いたり・・程度の。
たまにゴハンごちそうになったりもしてたかと思うけど。

ですからいつも夕方になると制服姿の女子高生が
何人かオフィスに集まってきて騒いでるので
大西部長に「少し静かにしなさい、ここは会社です」
なんて怒られてました（笑）

ポルナレフから始まり、モット・ザ・フープル、
エアロスミス、チープトリックなど自分の担当のファンクラブは
私がお相手をしてましたが、それぞれのファンクラブ同士が
仲良かったこともあるのでしょう、私も自然と担当以外の
アーティストのファンクラブとも顔見知りになりました。
その中には何故か他社アーティストのファンクラブもいたりして！

★この写真は何年だろう？
そんなファンクラブのメンバーが大人になってからのもの。
エアロ・ファンクラブ副会長のロジャー一回目の結婚式
（アハ！バラしてしまったわ・・）
アヤもモリジュも山田道成氏（評論家）もかづみ（後述）も
中途半端に若いわ。片桐さん顔でかいし。

今でも（つまり３０年以上経過した今でも）何人かの
そういう元ファンクラブの女の子（現在お姐さんたち）からは
メール連絡もあり、みんなで何かと会って酒飲んだりもします。
当時は会社員と女子高生ファンの関係でも、３０年もたてば
もうみんな同じ世代で同じ歳みたいなもんですから。

例えばエアロ以外ではテッド・ニュージェント、ジェフ・ベック、
デビッド・ボウイ、ウィンターファミリー、ピンク・フロイド、
キッス、、、だったかな？
毎年年末は恒例だし、それ以外にも何回か集まります。
今年はユージさんの還暦祝いをやりました。

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200156046.jpg

大体の出席メンバーは上記以外では
岩崎かづみ氏（当時ディスコ担当宣伝マン；現某有名プロダクション社長）伊藤セーソク氏、大貫憲章氏、森下彰...</summary>
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    <dc:date>2007-06-29T03:58:34Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　１８</title>
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    <modified>2007-06-25T04:02:08Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200154203.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★エドガーウィンター（のＴシャツ）★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200154203.jpg

会社同期、このブログにもたびたびコメント書いてくれてる
斉藤シゲトちゃんとの記念写真です。
入社２年目くらいの越後湯沢。
シゲトちゃん髪の毛多いし黒いし・・！私、タレ目の猿だし。
彼はフランソワーズ・アルディ、アラン・シャンフォー、デイブ、
カラベリ、初代フリオ・イグレシアス他の担当ディレクター。

担当はフランス中心のヨーロッパ系が多かったようです。
学生時代の第二外国語はドイツ語だったのに
カラベリを世話してる間にフランス語が話せるようになってました。

学生時代は慶応の名門ライト・ミュージック・オーケストラの
リード・トランペッター兼バンドマスターとして活躍。
誰もが１００％プロの道を進むと信じてた程、
日本を代表するトランペッターでした。

会社に就職してからもヤマハの教師してました（内緒で）。
自分が担当したメイナード・ファーガソンという
ジャズの驚異のハイトーンなトランペッターの
代表曲「マッカーサー・パーク」を
当時完全コピーできるのは日本では彼だけでした。

それと、フルバンドの人は「普通だよ」と言いますが
レコードをかけながらスラスラとパート譜を起していく
いわゆる写譜かな、あれを見たときはマジックかと思いました。

今はムード歌謡が好きで釣りが好きで
少しエッチなジイサンですが。

でも今でも、と言うか、ここ数年プレイヤーとして復活。
ＯＢの人たちとフルバンドを組んでライブをやっています。
ジイサンになったシゲトちゃんでもライブの時は
今でも異常にカッコいいんです。（ライブの時は）

その証拠をお見せします。
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200154204.jpg
ね！          ......（Photo by Nori）
いいねーー団塊の世代、まだバリバリで。

今は大西サンと一緒にクラシック関係の仕事してます。
今度９月に軽井沢の大賀記念ホールで自分のバンドの
ワンマンライブやるそうですよ。

これ見て、中尾さんとか滝さんとかカルメンとか
登場して来たらいいのにな。</summary>
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    <title>野中規雄の写真館　１７</title>
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    <modified>2007-06-19T07:54:54Z</modified>
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★カリフォルニア・ジャム　２★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200151066.jpg

１９７８年３月１８日オンタリオ・モーター・スピードウェイ
（もうないらしい）で行われた３０万人参加のロック・イベント
ここに行きたくて行きたくて・・・
でも、見るだけという出張が認められなかったので
写真の３人が自費で行きました。左から
森下彰夫氏（当時ハート担当D；現フジパシフィック音楽出版）
片桐博文氏（当時テッド・ニュージェント担当D；故人）

この時のライブの様子は２枚組のアルバム
「カリフォルニア・ジャム２」に収録されています。
サンタナ、デイブ・メイソン、ハート、テッド・ニュージェント
マホガニー・ラッシュ、エアロスミス、ルビコンなどが出てました。
会場内でのショットは１枚だけエアロスミスの項に載せてます。

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200150587.jpg

我々は貧しい若者だったもので、切りつめたツアーで、
しかも何と初めはサンフランシスコに着いたんです。
凄く安いＳＦ行きのチケットがあったから、
３人で予定をつくってる時に地図見ながら
「グレイハウンドに乗ればシスコからＬＡなんてすぐだよ、きっと。
だってホラ、３ｃｍくらいしか離れてないじゃん」って。
ところがその地図で３ｃｍが実は遠かったのです！当たり前だけど。

ライブ当日の朝、日本からＳＦ空港に着いてバス停まで行ったら
ＬＡまで８時間以上かかることを知り、それじゃ間に合わない。
空港に戻って又飛行機で行くなどという余計なお金つかって、
しかも空港から車使って１時間以上かかり、
会場着いてからもなかなか入れなくて・・本当に往生しましたぜ。
でも生まれて初めての大ロックフェスティバルはいい体験でした。
何たって３０万人ですからねーー。

その広い会場で、２人のカナダの女子高校生に出会いました。
私の胸の「チープ・トリック」の缶バッジを見つけて
向こうから私に声をかけてきたのでした。
「そのバッジどこで買ったの？あたし、ロビンの大ファン！」と。
これっていわゆる逆ナンですか？違うな。。
その頃まだアメリカではチープトリック人気はありませんでしたから
嬉しくてバッジあげました。その子、可愛いかったし。
来月日本でヘッドライ...</summary>
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    <dc:date>2007-06-19T07:54:54Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　１６</title>
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    <modified>2007-06-13T05:15:12Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147898.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★ポイズンとかメタリカとか★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147898.jpg

左が「佐藤真澄」氏、右が何回か出てきた「ジョン川平」氏。
２人とも現在はフリーで活躍中ですが
これは彼らが当社にスタッフとして在籍中のショットで、
時代的には私が下にビースティ・ボーイズのトレーナーを
着ているところを見ると１９８６～７年って感じです。
何の飲み会で場所はどこなのか、わかりません。

ジョン川平氏は会社にいた時代から開局したての
ＦＭ横浜でＤＪ番組をやってました。洋楽宣伝の一環として。
又、彼の完璧な英語はビジネスでも絶大な効果を挙げていました。
でも、一つ言葉で思い出があります。
フランスに一緒に行った時、当時はまだ国際電話をかけるのに
ホテルのオペレーターを通さなければいけなくて
彼が必死に日本に電話しようと話しているのですが
そのホテル、そういうホテルだったのかわざとなのか・・

英語が通じないんですよ！

慌てふためいてパニクって益々英語が早口になるジョン川平氏。
そりゃそうです。
「言葉が通じない」なんて彼にはあり得ないことですから。
そこで私が受話器を受け取り、
フランス語ガイドブックの数字の読み方から写した
カタカナ書きの電話番号を読み上げました。
通じたもん。
海外で言葉が通じない経験は私の方が慣れてます。

渋谷陽一氏だって、道を聞くのに
「Excuse me,Please Show me the way」でしたからね。
それってピーター・フランプトンじゃん！
だからどんな国でもその気になれば通じますって。


佐藤真澄氏は当社では独立メタル系のディレクターでした。
本人に言わせれば１位はメタリカ、２位がホワイトスネイク
３位にオジーオズボーンで４位がポイズンってことになるでしょう。

アルバム「メタル・ジャスティス（And Justice For All）」の時の
『メタリ缶（缶の中にＣＤとＴシャツをセットしたもの）』
の企画は彼女です。予約で完売しました。いい仕事したね！
１９８８年。
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147891.jpg

でも実はこの「メタリ缶」の前に同じような企画盤があって
それはポイズン「初めての＊＊＊Ａｈｈ！」の
Ｔシャツ付きボッ...</summary>
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    <dc:date>2007-06-13T05:15:12Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　１５</title>
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    <modified>2007-06-12T06:29:43Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147472.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★アシスタント★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147472.jpg

音楽ライターの「服部のり子」氏と私です。
８０年代後半、結婚披露宴会場みたいです。
手も顔も照れてます。

服部氏はこの頃、ソニー・ミュージックで私の
アシスタントとデスクをしてくれていました。
当時会社では愛称で「ハッチ」と呼ばれていました。
朝から夕方まで馬力で本当によく働いていました。
お酒も強い完璧な女子社員でした。

私はデスクやアシスタントにかなり恵まれている方で
ＣＢＳソニー時代の加藤八重ちゃん、このハッチ、
それとオーディション部長だった頃の飯田と、
スーパーな女子たちにお世話になりました。

この仕事のあとで会社を退社したハッチは
敢然とライターへの道を歩み始め
今では「先生」の域に達しようとしていると聞きます。
（オーバーか？でも重鎮でしょ）
活躍が心から嬉しいです。

服部へ；野中は来年までだから連絡下さい。
飲みましょう。


次の写真はＳＤ時代の「イイダ」と
今はエピックでＹＵＫＩ担当の「玉田省吾」君です。
浜田省吾ではありません。これは１９９１年でしょう。
それにしても飯田が、若～っ！！

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147475.jpg

ええい！女子社員ついでだ！！
ついでと言っては失礼ですがもう１枚、アシスタントではなくて
確かこの頃はプロモーションマンだった「間瀬瑞恵」さん
（現在ソニーミュージック洋楽の制作部長さん）
年月日わかりませんがこれも８０年代だな。
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147477.jpg</summary>
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    <dc:date>2007-06-12T06:29:43Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　１４</title>
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    <modified>2007-06-11T02:48:08Z</modified>
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★月曜会★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147010.jpg

平成４年７月３１日・・１５年前ってことは
１９９２年です。

故福田一郎先生を囲むゴルフコンペがありまして
「月曜会」と言いました、その２０回記念です。

そもそも「月曜会」というのは７０年代に先生の提唱で
「洋楽勉強会」として始まりました。
海外情報のまだ乏しかった時代に業界の仲間たちがそれを共有し
仕事に役立てるための本当にマジメな勉強会でした。
レコード会社のディレクター以外に、媒体や評論家の人たちも
参加していて、海外出張してきた人などがいると
報告会をやってました。他社の人間に対してですよ。

そこには毎回湯川先生や、木崎さん、白藤さん、亀淵さん、
朝妻さんなど雲の上の存在の先輩たちがいて、
私とか東芝の鈴木ぱくや山田はお茶汲み担当でした。
飲み会ではなくて各レコード会社持ち回りの会議室で
仕出し弁当食べながら福田先生の「お説教」を聞いてました。

いつからか、それがゴルフ親睦会となり
これがその２０回記念写真となるわけです。

メンバー多すぎて名前書けません。
でも優勝したのは現グリーン・ドルフィンの江川さんなんですね。
この時はＱＲですか、もうＪＣＭだったでしょうか？
この参加メンバー・・半分近くが業界から引退してますね。

ついでだ、年月日は不明ですが同じ月曜会コンペから
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147013.jpg
横田さん、山田、ジャルパック青木さん

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200147012.jpg
月曜会プレー後のパーティで、ぱくちゃんと。</summary>
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    <dc:date>2007-06-11T02:48:08Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　１３</title>
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    <modified>2007-06-07T03:38:02Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200144981.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★ＣＢＳソニー　企画制作８部★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200144981.jpg

アーティストとまったく関係なくなってきちゃった・・。

これはＥＰＩＣソニーからＣＢＳソニーに異動になった時
１９８３年かと思われます。
今で言うサードパーティ（ＣＢＳ以外）のアーティストやレーベルを
専門に契約して日本発売していた企画制作８部が
この時にフロントラインに統合されました。
８部はゆうじさんの作った部門でした。
これはそこのメインだったメンバー。

写真は私を除いて左から高橋じゅんぺー
（ソニーのマドンナと呼ばれてた、この時は営業だったか）
名前忘れた（現在パブリッシングリンクの三浦さんの夫人）
村上太一（現在ユナイテッドプロジェクト、早い退院を祈ります）
真四角な顔の平野（現在赤坂でバーを経営）
ヒゲ時代の岡田了さん
そして右端が今泉君（現在ソニーミュージックダイレクト執行役員）

結構衝撃でしょ！？

ゴメンナサイ、身内しかわからないネタで。
真澄もいないな。</summary>
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    <dc:date>2007-06-07T03:38:02Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　１２</title>
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    <modified>2007-06-06T03:06:29Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200144534.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★アダム＆ジ・アンツ★　みたいな・・

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200144534.jpg

今日は６月６日、斉藤佑樹君の誕生日らしいですが
同じ王子でも「プリンス・チャーミング」の
まったく爽やかでもハニカミでもない写真をどうぞ。
多分１９８１年でしょう。場所は不明、都内某所。

女性は共にミュージックライフ誌編集部で、
左がアイドル塚越みどりちゃん（現ロンドン在住、のハズ）
右が、泣く子も黙る東郷かおる子編集長（当時）。
私と同い年で今も友だち。

左端の勘違いアダム・アントは清水アッキーで入社１～２年目です。
北海道北見市出身、北大行って優秀な成績で卒業、
うちに就職して親としては期待の息子だったのが、
レコード会社の常としていきなりこんな格好させられちゃいました。
でも本人すっかりその気になって喜んでたし
今も元気で仕事してます、もう少し地味な格好してますけど。

あたしも気持ち悪い、特に目つきがやらしい。
とは言え、プロモーションってこんなもんだったですよ、毎日。

アダム＆ジ・アンツと言えば今年の映画「マリー・アントワネット」で
「キングス・オブ・ザ・ワイルド・フロンティア」が使われているとか。
まだ見てないんですあの映画。見なきゃ、担当だったんだし。


&amp;x-eureka;追記；本日未明にこのブログ５万アクセスだったそうです。
ろくでもないものなのに多くの人に見て頂いて心より感謝です。
もうすぐ終わりますから、もう少しお付き合い下さいませみずえ。</summary>
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    <dc:date>2007-06-06T03:06:29Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　１１</title>
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    <modified>2007-06-01T03:55:58Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200141246.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★ミッシェル・ポルナレフ★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200141246.jpg

写真館２のポルナレフへの反響の大きさに正直驚き
それだけ強烈なファンの人たちが今も残っているということだから
ボツ写真の中から又ポルナレフを選びました。
ポルナレフ３回目、でももうネタはないです。

これねーーー、私の武田鉄也みたいな髪とデカ襟のスーツが
まじキモイので本当は嫌なんだけど、入社当時はこんなもんだ。
そういえばこの頃はロンドン・ブーツ履いてました。
ヒールが１５ｃｍの。
身長が１９０ｃｍ以上になると風景が違って見えてました。
困るのは脱いだ時で、ズボンじゃなく袴をひきづって歩く感じ。
この写真もそうですよ。

しかし、２人の間にまったくコミュニケーションが
成立していないことが良くわかる写真です&amp;x-sad;
ポルナレフはつまらなそうだし、私も困惑の表情ですね。
当時のヒルトンホテルだと思います。
当然１９７２年です。</summary>
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    <dc:date>2007-06-01T03:55:58Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　１０</title>
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    <modified>2007-05-31T04:17:29Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200141254.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★ナタリー・アークエンジェル★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200141254.jpg

１９８７年年１０月３１日
第１８回世界歌謡祭に「Ｍｒ．パーフェクト」でエントリーした
ナタリー・アークエンジェル。
この曲で「ミュージックステーション」にも出演しました。

これは世界歌謡祭のレセプションでのショット
まだ予選敗退するとは想像もしていないにこやかな顔です。
ナタリー・アークエンジェルの隣にいるのは
スタッフの「くりじい」ですね。
ちょうど２０年前の写真ですがさすがにその名前の通り
今もこの頃とあまり変わっていないです、栗爺さんだから。
紙ジャケとか作っています。
このブログの時代のデータを調べる時に
欠かせない協力者であり昔のことを私より良く知っています。
くりじい、本当の名前は栗原さんです。

写真提供はシゲトちゃんでした。</summary>
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    <dc:date>2007-05-31T04:17:29Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　９</title>
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    <modified>2007-05-30T03:57:28Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200140845.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★ラトーヤ・ジャクソン★
http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200140845.jpg

ヤマハの「世界歌謡祭」１９８５年に参加したラトーヤを囲んで。
応援に来ただけのジャネットもまだ若い。
ラトーヤは入賞で１０００ドルもらいました。

日本人の左から松尾社長、お馴染みの大西さん、岡田了さん
私の隣の平井一夫さん（当時国際部）は現在
ソニー・コンピュータエンタテインメント（プレイステーションの）
の代表取締役社長です。
でもこの頃はむしろ「リコちゃんの旦那」としての方が有名でした。</summary>
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    <dc:date>2007-05-30T03:57:28Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　８</title>
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    <modified>2007-05-29T05:42:30Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200140856.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★ＥＰＩＣソニーの頃★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200140856.jpg

年月日不明。
場所は着ているものから考えると
恐らくマイアミのＣＢＳコンベンションだろうと思われます。
ん？もっと後かな？

左端が丸山茂雄さん、余りにも有名な日本ロックの父。
後にプレイステーションの会社ＳＣＥの社長から
ソニー・ミュージックエンタテインメントの社長へ。
この頃はＥＰＩＣソニーの国内制作部長。
真ん中がＣＢＳインターナショナルＮＹのシニアバイスだった
バニー・フリーダス！！
優しいんだけど、インターナショナルのＮＯ２で、
それだけにとても力があって怖いオバサマでした。
日本の特殊な環境や事情を良くわかってくれていた人でした。

丸山さんと私、なんで目をこんなに？
きっと怖がってたんだ！</summary>
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    <dc:date>2007-05-29T05:42:30Z</dc:date>
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    <title>野中規雄の写真館　　７</title>
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    <modified>2007-05-22T15:34:24Z</modified>
    <summary type="text/html" mode="escaped">&lt;p&gt;&lt;img src="http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200133602.jpg" border="0" /&gt;&lt;/p&gt;
★ザ・クラッシュ★

http://playlog.jp/_images/blog/r/i/rirekisho/m_200133602.jpg

この写真だけはネタではなく自慢で載せます。
自分の３０数年の結晶のような写真です。

撮影は傑作「ロンドン・コーリング」のジャケットを初め、
ザ・クラッシュをずっと撮り続けたペニー・スミス。
１９８２年２月に来日した時の京都清水寺にて。
まわりに他のスタッフやメンバーが写りこんでいない
ジョー・ストラマーと私だけの奇跡のような偶然のショットです。
ペニーが撮ってくれてたのが嬉しい。
だって、ペニー・スミスが、ですよ。
まるで幕末みたいなモノクロのこの雰囲気が好きだし
ザ・クラッシュに恋焦がれたこと自体が人生の勲章だと思っている
私にとってはまさに宝物です。
自分よりも年下の男の言うことに本気で耳を傾けた
最初で最後のロックンローラーでした。

シンコーＭさんからお借りした写真なので本当はいけないことだから
堂々とペニー・スミスにオファー出して
個人としてちゃんと買おうと思ってます。
どうすればいいんでしょう？宮崎さん。
セコイけど、いくらくらいなんですかね？
えっと、目的は個人ユース。</summary>
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    <dc:date>2007-05-22T15:34:24Z</dc:date>
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