音楽との出会い:
3歳のころ、ピアノ教室
に通い始める。まだ手がちっちゃくて8va.が指が届かなかった。
ソルフェージュと赤バイエルからはじめました。指を動かすのは好きみたいでした。
ピアノ:
3歳から始めて、11歳の小学5年生までやりました。サッカー
やソフトボール
が面白くなり、いったん、レッスンを休むことにしました。
今思えば3日練習サボると、指がなまるのを知らなくて、後悔をあとでしました。
テナーSAXをはじめた:
中学校時代は音楽は聴くほう専門になっていました。英語部とか入って、英文タイプライターとかやっとブラインドタッチが出来るようになりました。英語検定はやっと4級。
ちょうど時代は、音楽
ではYMOや、Japan(X-JAPANではない方)とか、モータウン系が結構はやっていて、音楽専門チャンネルとかもでていたころでした。
いくつかのレンタルレコード店(CDはまだなかった時代!!!)でLPレコードのアルバムを借りて、カセットテープにダビングしたりして、Walkmanで音楽を聴くのがはやっていました。高校に進学できたんですが、ラグビーか、音楽かでなやみ、背がちっこい、足が遅いで、ラグビーはあきらめ、部活で吹奏楽部に入り、saxophoneを習い始めました。文化祭バンドとかやってみたりしました。
先輩や大学の先輩にたくさん教わって、少しは吹けるようになりました。
saxophoneのモデルは、借り物でしたが、フランスセルマー社(●注:音出ます)のアクション80でした。マウスピース・リガチャーはクラッシック用とジャズ用のメタルもありました。
リードはヴァンドレン(●注:音出ます)が好きでした。そのころから、FusionやJazzに徐々にはまるようになりました。Miles Davisのモード理論とか、渡辺貞夫さんのJazzStudyを毎日独学してました。
おこがましい話ですが、John Coltraneにあこがれていました。このころのアイドルは、ペーシストのJacoとか、CASIOPEA、THE SQUARE(のちのT-SQUARE等)でした。
このころからミーハーになりました。ばくTHE SQUAREの伊東 たけしさんのリリコンにあこがれてウィンドシンセをはじめたりしてました。YAMAHAの初期モデルWX-7とかでした。
YMOのブームでシンセサイザーがはやり、お金持ちのひとは、コンピューターで音楽を作っていました。
あたしには出来ませんでした、よく電気屋さんのデモ用のPCをいじるので精一杯でした。耳で楽譜を起こす耳コピとかするようになり、相対音感ができました。
部活の先輩や同期には、絶対音感がある人たち(社会人になってSONYの中の人になった人もいましたねー)がほとんどだったので、あたしはまだまだ未熟でした。
浪人してたころ:
やっぱ癒しは音楽
でしたね。
広く浅く、何でも聴くようになりました。
CDが一般的になり、カセットテープでなく、MD録音が主流になったので、MD-Walkmanにした覚えがあります。
SONY以外のメーカーからもいっぱい機械が売られるようになった中、ずーっとWalkmanが好きでしたね。
大学時代:
まだ誰も持っていない携帯電話
をもってました。
今思えば無線通信にきっと興味があったんでしょうね。(小学校の時無線の免許を取得していました)
バブル時代まえに空前のポケベルブームで、ベル打ち(ポケベル入力)とかはやって、ベル友(携帯が無い時代なので、ポケベル友達のこと)とか、いました。
やっとコミュニケーション手段のツールにお手紙や年賀状以外の方法が見つかったそんな感じでした。携帯電話
がまだレンタルしかない時代に、大根の半分くらいある、でかい携帯
をもっていましたね。
(携帯してはいるんですが、ワイシャツの胸のポケットはおろか、ジャケットの内ポケにも入りません。手提げのような持ち手がついていたという…)
就職活動のころには、IDO(現KDDI)が、今後もデジタル化せず、アナログ携帯で行くと聴き、15万円くらい払った加入権(携帯にも電話加入権があったんですよー。もちろん返金なしでした)を棒に振って見切りをつけ、
東京デジタルホン(のちJ-PHONE、さらにのちVodafone、現SoftbankMobile)のデジタル携帯に乗換今に至ります。030-時代からずーっと同じ番号を使っています。(その後番号は090-3xxxに自動的に移動されましたが。)
何気に音質にはこだわる
みたいです。笑
当時はエンハンスドフルレートという技術だったです。時は空前のバブル時代、ユーロビート
なるダンス音楽が流行りました。ちょっと聴くと懐かしいです。
クラブじゃなくディスコがよいとか、ディスコ貸切パーティーとか、やってみたりしてました。今思えば、浮かれてました。
(今はちょっとは落ち着いたかなぁ)(今でこそ、ちょっと前はパラパラと言われていますが、あれには当時は名前はなかったですねー)あーオヤジしてるわーあたし。、
それからのWalkmanとあたし:
Discmanとか、MD-Walkman、Hi-MDとか、徐々に進化に、出遅れ気味についてゆき、だんだんネットワークミュージックなるものの世界をしるようになりました。
その裏でインターネット技術や、通信回線の技術や速度向上やパソコン性能向上の進化があったんですね。
初めてのインターネットと出会い:
大学時代のゼミの恩師のお仕事のお手伝いで、大学院のコンピュータを触らせてもらったのがきっかけだったとおもいます。
UNIXマシンをなれないながら使って、MOSAICというブラウザでアメリカのコーヒーポットの減り具合をみるWEBカメラを見るのしか知りませんでした。
まだYAHOO!はアメリカの大学生2人が始めたころですね。
その後のインターネットとのかかわり:
会社がコンピュータのとこで、UNIXマシンから徐々にWindows3.1とか汎用PCを導入し始めたのもあり、社内にイントラネットという社内用のネットワークを作るようになり、文書管理にネットワークや、メール
送受信をするようになり、始めてサーバーというものをしりました。
機械は苦手だし、専門書は苦手なので、詳しい友達にいろいろ教えてもらいながら、少しずつ慣れました。Windows3.1時代に始めて自宅にIBMのThinkPadというラップトップ(ひざのせ)PCを買いました。
まだブロードバンドなんてないので、ダイヤルアップモデムと電話回線をつないで、
料金の安い夜中にパソコン通信や、インターネットの黎明期に、プロバイダ契約をして、
のんびりインターネットを始めました。
待ち時間が長いので、このころからコーヒーが好きになりました。Windowsの進化とともにOSのバージョンが変わるごとに、コンピュータの便利さをしり、
VAIOが世の中に登場してからは、ほとんど全部の機種を買い替え買い増ししてきたと思います。
SonyStyleさんの歴史とともに今の自分がある、そんな感じです。
そんなわけで、SONY好きなあたしの出来上がりみたいです。
長文駄文乱文乱筆、ご精読有り難うございました。












作ってみた
movatwitter
PC&Mac&Linux用TwitterAPI経由クライアントソフトは
に他にやってるネットワークサービスのURLやRSSを集約してあります。
あたしと、PLAYLOGのであい
音楽」プロフィールは









やソフトボール
が面白くなり、いったん、レッスンを休むことにしました。
が一般的になり、カセットテープでなく、MD録音が主流になったので、MD-Walkmanにした覚えがあります。
)
みたいです。笑
送受信をするようになり、始めてサーバーというものをしりました。

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